

今回からは特別編として、ぼくが今春発売された雑誌SPECTAORで行ったLOCUS GEAR代表Jotaro Yoshida氏へのインタビューを、数回に渡ってお送りします。
くわしくは本文を読んでもらうとして、まずはざっくりと両者の説明を。
SPECTATORは今年で創刊10周年を迎える年2回刊のカルチャー誌なのですが、説明が非常に難しいw雑誌です。
特集ごとに様々なジャンルを横断し、いろいろな場所に行き、いろいろな人に会い、そこで出会った真実を誌面にする、という当たり前のことを、でも様々なシガラミのあるいまの業界ではなかなか難しいことを、やり続けている稀有な存在です。
ぼくも長年お世話になっているのですが、個人的には日本で一番カッコイイ雑誌だと思っています。
SPECTATOR WEB続いて今回の主役、LOCUS GEARは2010年にスタートした日本のライトウェイト・シェルター・メーカー。
キューベン・ファイバーやタイベック、シルナイロンやeVentといった先進素材を使用した驚くほど軽いシェルターを、美しいデザインと高い設計技術で作り出し、一躍ワールドワイドなULハイキングの世界でも名を知られる存在になりつつあります。またアウトドア・ギア・マテリアル専門のWEBショップOutdoor Material Martも運営し、胎動を始めた日本のMYOG~ガレージメーカー・シーンの嚆矢となっています。
LOCUS GEAROutdoor Material Martそもそもこのインタビューは、SPECTAOR内の特集「就職しないで生きるには」で、自分自身で仕事を作って生きている方々へお話を聞く一環として行ったものですが、育ち始めた日本のハイキング/MYOG/ガレージメーカー・シーンにも非常に有益な知識やストーリーなのではないかと考え、SPECTATOR編集長の青野利光氏、LOCUS GEAR代表のJotaro Yoshida氏、両氏の快諾を経て、微力ながらここにアーティクルを残しておくことにします。
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LOCUS GEAR (Jotaro Yoshida)
INTERVIEW PART1

装備を極限まで軽くすることによってより身軽に、より自由に、よりダイレクトに自然を感じながら歩く「UL(ウルトラライト)ハイキング」(*1)。その創始者であるハイカーのカリスマ、レイ・ジャーディン(*2)は、ハイキング・ギア自作のパイオニアでもある。
彼はそれを「本当に自分の満足のいくギアを手に入れる方法」であり、「延々と続く無為な消費行動からの脱出」でもあると説く。バックパックからタープに至るまでレイの主要装備はほぼ自作ギアで占められ、彼はそれら『Ray=Way』ギアをキット販売することによって収入を得て、また次の旅に出るのだ。
それは大自然と消費社会という二つの世界に常に引き裂かれているハイカーという人種にとって、ひとつの理想とも言えるライフスタイルだろう。いや、ハイカーじゃなくたって、誰しも彼のようにインディペンデントに、クリエイティブに、そして自分の本当に好きなことだけをやって生きたいと願うはずだ。
レイの流れを汲むULハイカーの間では、当然のことながらギア自作が盛んで、それが高じて立ち上がったガレージメーカー(*3)が、現在北米には数多く存在する。たった数百グラムしかないシェルター(*4)、背面パッドもフレームもない薄っぺらなバックパック、空き缶を再利用した(けれど驚くほど軽くコンパクトな)クッキングセット……。そんなメジャーカンパニーには作れないピーキーなULギアを、「家内制手工業」ともいえる体制で細々と制作するガレージメーカーたち。だが、ULが一大トレンドとなっている現在では、メジャーカンパニーが彼らのアイデアにインスパイアされた製品を続々とリリースするほど。ハードコアなハイカーでもあるガレージメーカー・オーナーたちが、いまやアウトドア業界をリードする存在になりつつあるのだ。
さて、前書きが少し長くなったけれど、この槁の主役『ローカスギア』は、この日本にも遂に誕生した初めての「ガレージメーカー」だ。小さなアウトドアメーカーはいままでもあったけれど、レイ・ジャーディンを始祖とする北米のガレージメーカー・シーンに大きな影響を受け、それらと地続きの活動を行っている点において、日本初の存在と言えるだろう。プロダクツは超軽量シェルターを中心としたラインナップで、最先端素材を使用したクオリティの高さとデザインの素晴らしさ、日本製ならではの信頼性の高さは国内外で既に大きな評判を呼んでいる。
実際にお会いした『ローカスギア』代表のJotaro Yoshida氏は笑顔がチャーミングなアウトドアマン。若い頃からIT系の起業をし、様々なビジネスを経験してきたというだけあって、エネルギッシュによく喋る。
それでは日本初のライトウェイト・シェルター・ガレージメーカーのオーナー会見記をお届けします。
<京都の里山で過ごした少年時代、ビジネスの世界で過ごした青年時代>
○まず、アウトドアとの出会いから話をお聞きしたいんですが。
僕が生まれ育ったのは京都の里山で、そこでは川に飛び込んで魚を手掴みで捕ったり、夜中に墓地にあるでっかいクヌギの木を目指してカブトムシを捕ってきたり、そんなことがいちばんネイティヴな行為だったです。山もすぐそこにあって、友達とうろついては壁にびっしり水晶が張り付いている洞窟を見つけたり、その十数年後に発見された古墳を僕らがすでに発見していたなんてこともあったりね。
京都でそんなガキの頃を暮らしていて、その後滋賀県に引っ越したんですよ。たまたま隣に住んでた人が山岳系の夫婦で、鈴鹿山脈のいい場所に連れていってもらってキャンプしたりだとか、そんなことが僕の最初の、原始的アウトドア体験ですね。その後も僕は山岳部ではないし、ワンダーフォーゲル部でもなかったけれど、なんだかんだアウトドアとの接点はずっとありました。でも、二七歳のときに事業を自分で起こしちゃって、そういうシーンからは離れちゃったというか、それどころじゃなくなっちゃった。
○それは何の会社だったんですか?
ようはIT系のウェブデザインなんかをやる会社で、ちょうど四~五年まえにその会社を畳んで、倒産したわけじゃなく解散させたんですけど。……経歴言っちゃうと、この年で恥ずかしいんだけど、ほんとにいろんなことをやってきたんですよ。高輪でイタリアンレストランをやったり、企業向けにITのコンサルティングをやったりね。
そんなときに、たまたま海で波乗りやってる仲間で、カナダから来ている超アグレッシブなやつがいて、ある時そいつが「日本の山は素晴らしい」と言うんですよ。そんなロッキー・マウンテンから来た、ロッキー・マウンテン・ボーイがね(笑)。
その時はちょうど会社が一段落して、ちょっと自分を見失いかけていた時期で、波乗りは続けていたんですけど、山からはずっと遠ざかっていた時期で、そんなときに海外からのリフレクションというか、ロッキーから来たカナダ人が「日本の山は素晴らしい」という一言を聞いた瞬間に、「お、そうだよね」と。「日本の山って素晴らしいよね」と、共感できる自分がまだ残っていた。
で、丹沢(神奈川県にある山塊)あたりにまたガンガン行きだしたんです。それが三〇代の後半くらいでしたね。
<雲取山の啓示>
○『ローカスギア』はアメリカのガレージメーカー・シーンとリンクした活動を行っていると思うんですが、そういったカルチャーとはどこで出会ったんでしょうか。
自分の生い立ちというのは、戦後の日本がアメリカナイズされていく象徴のような路線を行っちゃっているんで、昔から日本のカルチャーに興味がないんですよ。テレビもまったく見ないし。
そういうことあって、自分がまた山に行きだしたとき、「いま海外のハイキング・カルチャーはどうなっているんだろう」といろいろ調べていくうちに、ウルトラライトという、「いかに軽い道具で自然と向き合うか」ということをやっているムーブメントがあることを知ったんです。
それで、日本にも寺澤(*5)さんみたいにULハイキングの実践を通じてブログを書いている人や、『ハイカーズデポ』の土屋さん(*6)みたいにショップを通じてULの思想やギアを日本に紹介している人がいるなかで、「自分がこのシーンと関われることがあるとしたらなんだろう」ということを考えている時に、ULのシーンではハイカーたちがマスプロダクツにはないような軽いギアを自作していて、アメリカにはそこから発展したようなガレージメーカーがいくつも存在していることを知ったんです。それが五~六年前。
IT系のビジネスというのはあくまで生きていくための食い扶持を稼ぐ手法にすぎなかったんだけど、アウトドアはもっと自分のコアな部分、子供のころから山に行ったり川に行ったりっていう部分に火を着けた。だからそのままの業態(IT系)でやっていくのは、自分の趣味とかアクティビティーの方向性を考えると、もう無理になってくるだろうということは見えていたんです。もっとネイチャーの方向に行くだろうと。
○自然の世界に触れていると、この社会の矛盾点みたいなものがいっぱい見えてきちゃいますからね。
そう。そういうことあって、やっぱりシフトしていくだろうと。そんなわけで、生きていく手法ってことをちょっとこっちに置いておいて、自分のコアな部分ともっと向き合うべきかなと考えだしたときに、ある日、僕は雲取山(東京都の最高峰)にいたんです。頂上にある避難小屋に泊まって、その日はサンセットがすごくきれいで、百戦錬磨の山やのおとっつぁんに山の話を聞いたりしながら寝たんですけど、その夢枕に自分の祖父が出てきた。それで「おまえ、テントを作ってみろ」と言うわけですよ。
僕は宗教やスピリチュアルなものにはまったく興味ないんですけれど、それはなぜだか覚めても頭から離れなくて、まるで啓示みたいだったんです。「テントを作る」というイメージが、妙に自分のなかに残っていて。でも、その時に「あ、そうか」って。「いないじゃん、ほかにテント作っているのは」と(笑)。
(注釈)
*1、UL(ウルトラライト)ハイキング
アメリカの全長数百キロから数千キロ以上に及ぶ超ロングトレイルをスルーハイク(一気踏破)するハイカーたちのなかで確立されてきた、装備を超軽量に押さえたハイキング・スタイル。一般的には水・食料・燃料など消耗品を除いた装備(ベースウェイト)が4.5キロ以下になるとULであるとされる。
*2、レイ・ジャーディン
一九四四年コロラド州出身。六〇年代から伝説的クライマーとして鳴らし、八〇年代からは徐々に超長距離ハイキングに傾倒、その経験から綴った著書「Beyond Backpacking」はULハイカーのバイブルとなっている。彼考案のギアをキット販売する〈Ray=Way Products〉及び旺盛なその冒険活動については
"Ray's Adventure Page"を参照のこと。
*3、ガレージメーカー
一般的には自宅ガレージで開発製造を行っている規模のメーカーを指すが、実際にはもっと大きな規模で活動を行っているメーカーもある。
*4、シェルター
一般的にシングルウォール・フロアレスの自立しないテントを指す。標準的なテントに比べ非常に軽量だが、汎用性と耐候性では一歩劣る。
*5、寺澤さん
ULハイキング系の人気ブログ
[山より道具]主宰の寺澤英明氏。
*6、土屋さん
東京都三鷹市にあるULギア専門店
[ハイカーズデポ]店主の土屋智哉氏。著書に「ウルトラライト・ハイキング」(山と渓谷社)がある。
(PART2へ続く)
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